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<DESCRIPTIONS/解説>
84年3月、ミノル(ba,ex-COMES),ナオキ(gu,ex-COMES)によって結成される。初期のメンバーは流動的で、マルイ(Dr,ex-あぶらだこ、のちにラフィー・ノーズ)、BAKI(のちにGASTUNK)らも在籍していた。8月には、反ポジ・パンを謳う、AAレコード(ラフィー・ノーズのチャーミー、ポンが主宰)のコンピレーション盤、ハードコア不法集会に、2曲提供。レコーディング・メンバーは、ナオキ、ミノル、マルイの3人で、のちに加入するJHA
JHA(Vo,ex-DEAD COPS)は、クレジットのみされている。間髪入れずに、年内には、Hold
up RecsよりLipcream 7",不法集会につづいて、AAより、Nightrider More
Than Fight 7"を発表する。そのころには、PILL(Dr、ex-G-ZET)が加入、解散までこのパーソネルで活動を続ける。
翌年、新体制で,カセットのみのリリースとなる、単独作KILL THE IBMを発表、コンピレーション・カセット・ブックの、Punx(JICC出版:現宝島社が運営していた、Captain
Recsよりのリリース)に参加。86年には、同じくCaptain Recsより、初のフル・アルバム、KILL
UGLY POPをリリース。大阪のCITY INDIANSとともに、ダイナマイト・ツアーを敢行、初の映像作品、LIP CREAM LIVEを発表。Devil Must Be Driven Out With Devil
LP,Anglican Scrape Attic Flexi(なんと、現在はデス・メタル系レーベルとして知られる、EARACHEからのリリース)、A Farewell To Arms LP(NUCLEAR BLASTより、ヨーロッパ・ライセンス盤も発表された)、日本のハードコア屈指の名盤、THRASH
TILL DEATH LP(OUTO,GAUZE,SYSTEMATIC DEATHなど、日本のハードコア・ファンなら失神モノのメンツによる、実質的には4
way split LP)など多数のコンピレーションに参加するなど、勢力的な活動を展開する。
翌、87年にはSELFISH Recsから、セカンドLP,Nine Shocking Terrorを発表。メンバーのルーツでもある、オールド・ロック色を匂わせる仕上がりとなった。また、アメリカ、オハイオ州には同名のハードコア・バンド(当然このLPのタイトルから拝借)が存在している。また同年夏より、ブラッディ・サマー・ツアーを敢行。解散まで恒例化し、地方のファンにも、ライヴ・バンドとしての底力を見せ付けた。
88年には、つづいてSELFISHより、Close To Edge LPを発表。メンバーみずからも最高傑作と認める、力作である。初期からのロック色がやや後退し、スラッシュ的(スラッシュ・メタルではない)なアプローチの、より激烈な仕上がりである。
そして89年のLip Cream LPを遺作に惜しまれつつ解散。現在、ミノルはCOLORED RICE MEN、JHA JHAはJUDGEMENT、PILLは灰野敬二やジョン・ゾーンらとのセッション、オーガリッシュ・オーガニズムを経て、DELTA PUREEで活動している。
なお、LIP CREAMのオリジナル作品は当然ながらすべて入手困難だが、ごく初期の音源のいくつかなどを除いて、PILL自身のレーベルからリ・マスターでCD化されている。
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